☆負けない!「半」失業生活☆

突然の急病に休職中の「のりお(私)」。今後の収入は??書類一つに奔走し、酒・タバコは控え、腹が空けば生野菜をかじる。でも決して悲観せず、せめて笑って暮らす(したい)。そんな今ガチリアルな失業ビギナーの七転八倒を面白ろ可笑しく曝し、心豊かな生活を取り戻したい!そんな日々を綴ります。そして、抱える児相問題、副業ネタも。。。

子供に「会えない」という現実②~別居と強制保護に至るまで~

この6年間があまりに目まぐるしく、興味を持って読んで頂いた方にも少しでも解りやすいよう、時系列で書かせて頂きます。

2012年初冬、妻と出会い、12月に入籍
 
2013年5月、長女誕生。

 夏頃、妻に「てんかん」発作有り(処方薬を自己判断で絶ったため)


 この間、生活費をパチスロに費やしていることが発覚。問い詰めれ→逆ギレ家出↔帰宅が数回繰り返される


2014年4月、長男誕生。

 夏頃、深夜に妻がヒステリックになりパニック状態に。
 仕方なく通報。妻、長女が警察に一時保護。
 翌朝警察立ち会いで手荷物を取りに来るが、立ち入りは拒否し、長男を引き渡す。

 1ヶ月後、京都市児童相談所より長男を一時保護したと連絡有り。原因は妻によるネグレクト。
 結果、長男は市内の乳児院への施設入所となる。


 ここから、妻・長女・(後に産まれる次男)とは約2年半別居。妻子はシェルター→母子寮にて生活保護を受給し生活していました。
 
 私は飲食店に勤務しながら休日の度、長男に面会、外出を繰り返していました。
 外泊扱いで連れて帰る許可も事実上出ていましたが、賃貸マンションに猫多頭と暮らしていたため、児相から止められていました。数時間の帰宅はさせています。
 また、面会出来ない休日は知人を頼りに単発のアルバイトに行っていました。
 これは、妻の浪費・借金の返済、滞納となった各種の支払いに対応するためです。
 年間で数えても4、5日程度しか休日と言える日はなかったと記憶しています。


 飲食店を3年丁度で見切りをつけ、他記事にも書きましたが、職をゲストハウス関連に移しました。
 必然的に車を必要とし安く取得出来たお陰で、長男との外出の範囲も広く、また別居中の妻子とも交流、外出出来るようになり、妻の長男への接し方や今後のビジョンが少しずつですが変わり始めました。

 そんな中、私自身も支払いなどがだいぶ清算できるタイミングで、転居、再度皆で暮らす決意をしたのです。


 2017年4月 現住居へ転居
 妻・長女・次男も同居を開始。

 私は子供達のためにも勤務時間が規則正しい働き方を選びたく、同年10月より派遣会社経由で某自動車メーカー製造業へと転職しました。


 長男は3才の誕生日を期に、乳児院から養護園へ上がった後、家庭引き取りを前提とした(自宅への)外泊が可能となり、毎週私は休日の前の晩に迎えに行き、休日目一杯を一家5人で暮らす生活をやっと始めれたのです。
 

 2018年4月 長男の「施設入所措置解除」。晴れて自宅に帰ってきました。ここまで3年半強。

 同時に、長女・長男・次男、三人揃って保育所に通い、妻も日中パート勤務できる生活に一度は安堵したのですが…

 
 2018年5月18日
  妻、保育所のお迎えその足でそのまま家出。

 このタイミングで家出した理由は、

 「4月にパートを辞めた」
 「パート収入を返済のアテにサラ金から借り入れしていたが、返せない日々。日々届く督促状に疲弊」
 「家出→シェルター→母子寮=生活保護を受けられる=お金を手にする」
 「子供3人を連れることで、自身が世帯主となり、『6月支給分の児童手当を受け取れる』」

 
 ご存じの方も多いかと思いますが、
家出した後、シェルターに入れて貰うにはそれなりの理由が必要です。

 「DVを受けている」
 「生活費を貰えず生活が困窮している

 などです。

 家出歴10数回を超え、シェルターに入っては自宅に戻りたがり、母子寮に入っても結果自宅に戻った妻に、そう簡単に次の母子寮をあてがうわけもなく、1ヶ月半シェルターで足止めを喰らったようですが…

 その間苛々もあったのでしょう。
 事もあろうか、長男に手を挙げたようです。
 シェルター職員がキズ・アザに気付き、児童相談所へ連絡、長男は相談所内一時保護所に入れられてしまいました。

 私は翌日電話で知らされ、終業後、急いで児相へ。
 息子と面会し、担当者と暫し面談。
 
 結果、妻が戻らない前提で一旦以前の施設で過ごし、週末は外泊扱いで帰宅することに話は落ち着きました。


 2018年6月
 妻・長女・次男は大阪府南河内郡の母子寮に入所。
 私は毎週末長男と二人で過ごす。


 そんな生活も束の間、

 また妻が戻りたいと言い出すのです。

 「今回が最後」との約束と、私の両親、巻き込んでしまった友人・知人宛に「誓約書」を書くことで、6月末にはまた帰宅させてしまったのです。


 これに対して児相は

 「お母さんの元には(長男)を戻せない」「二度と(手を挙げるような)虐待が無いよう"妻に対して"『育児プログラム』の受講が必須」
  
 ときたわけです。

 妻も私も乗り気ではありませんでしたが、児相より

 「お母さんがプログラムを受講しないなら保育所の籍もなくし、施設入所させる。その場合、外泊はもちろん、面会・通信も認めない」
 京都市児童相談所支援課 山本・曽束

 と脅迫に程近い手紙を送り付けてきたのです。

 何とか2度目の施設入所を回避したい私達夫婦は、とりあえず指定されたプログラム受講9回をこなし長男引き取りに向けて、児相へその旨を伝えました。

 そして、プログラム初回を終えて帰宅した妻が差し出したものは

 『プログラム受講に関して約束いただきたいこと』
 実質的な「誓約書」です。


 それを見た私は大変驚きました。
 そこには

 「私へのプログラムへの参加、課題を出し実践の強要」
 「それを児相が評価すること」
 「判断のための面接・家庭訪問の強要」
 「プログラムを受講したからといって無条件で家庭引き取りにはならない」

 と。。。

 率直な想い…

 話ちがうやん!!!


 私は即座に児相に電話し、前回の手紙と相違する点を主張しましたが、話になりませんでした。
 「納得できない点は消し込んだ上で署名し返送する」と伝えています。

 週末を挟み、逆に児相(山本)からの電話で「消し込み部分が児相の要求と相違する」「児相への来所の強要」がありましたが、毎日20時程度まで残業が続いていたこと、土曜日は前職の応援も発生するため、実質日曜日しか来所の約束は出来ないとの回答をしています。

 この2日後、8月28日より長男は児童相談所内一時保護所に強制収用、私達親子は「一切の面会交流を拒絶」されているのです。

 何度も電話で面会要求をしていますが、取り合って貰えません。

 妻は「自分が居ると引き取りに繋がらない。自分さえ居なければプログラム受講の必要もない」

 そう言い、9月18日に再度家を出ました。

 そして現在、児相は家裁に対して、長男の「施設入所の申し立て」を行いました。


 "児相の要求は絶対"

 
 耳にしたことある「児相問題」がまさか自分と息子の身に降りかかるとは思いませんでした。


 児相のあまりに横暴で一方的且つ、親子の面会交流権すら無視した行為は、明らかに職権を逸脱したものであり、決して許されることではありません。
 立派な「拉致」「不当な『親子隔離』」です。



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 私は、闘います。
 絶対に負けない。


 

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